高校卒業式の校長の式辞の例文をアップしました。
ここで「問い続ける勇気」というメッセージを盛り込みました。
学生時代は正解が用意されている問題ばかりでした。数学には答えがあって、歴史には年号があって、英語には決まった文法がある。でも社会に出ると、「これが正解です」なんて札の立った問題なんて、ほとんどありません。
むしろ「どうすればいいんだろう?」と頭を抱える場面の連続。そんなとき必要なのは、暗記した知識じゃなくて、自分で「なぜ?」と問い直せる力なんですよね。
若い世代が直面する「空気を読む」
とはいえ、この「問い続ける勇気」って、言葉にするのは簡単だけど実践するのは本当に難しい。特に学生や社会人になりたての若い世代にとっては、なおさらです。
だって私たち、小さい頃から「空気を読みなさい」って教わってきたじゃないですか。授業中に「なぜそうなるんですか?」と質問すれば「みんなの時間を取る人」、就職活動で「この業界の将来性に疑問があります」なんて言おうものなら「協調性のない人」のレッテルを貼られかねない。
若い世代ほど、周囲の期待や「正しい道」へのプレッシャーを感じやすいもの。黙って頷いていた方が、確実に安全に見えます。
でも、そうやって疑問を飲み込み続けていると、いつの間にか「なぜ?」と思う感覚さえ鈍ってしまう。これって、けっこう怖いことだと思うんです。
本当の「ゴーイングマイウェイ」とは
そんな中で大切にしたいのが、本当の意味での「ゴーイングマイウェイ」です。
「ゴーイングマイウェイ」と聞くと、なんだか自分勝手でワガママな印象を持つ人もいるかもしれません。でも、本当のマイウェイは違います。
自分の歩幅で、自分の道を、自分の頭で選ぶこと
それがゴーイングマイウェイの本質です。
誰かが「これが常識だよ」と言っても、一度立ち止まって考えてみる。多数派の意見に流されそうになったら、「本当にそうかな?」と自分に問いかけてみる。そうやって、自分の基準で「なぜ?」を持ち続けること。
もちろん、これは周りを無視して突っ走ることじゃありません。
つながりを大切にしながら、問い続ける
問いを持つということは、実は一人じゃできないことなんです。
なぜなら、自分とは違う視点を持つ人の話を聞いて初めて、自分の問いが深まるから。「あ、そんな見方もあるんだ」「なるほど、そこは私と意見が分かれるところだ」そんな対話を重ねることで、自分の「なぜ?」はどんどん豊かになっていきます。
だから、問い続ける勇気は、独善じゃなくて、つながりを前提としたマイウェイだと思うんです。いや、厳密にはそう思いたいんです。
しかしいっぽうで、つながれなくなることもある、それが社会、それが人間関係です。それを許容する、もっと簡単に「まああいいか」と処理できる勇気も必要です。
若い世代こそ実践したい、小さな疑問符
「空気を読む」ことと「問い続ける」こと。日々、この二つの間で迷うことは多いでしょう。正直、私もいつも悩んでいます。特に若い世代にとっては、「失敗したくない」「嫌われたくない」という気持ちが強く、なおさら難しい選択かもしれません。
でも、ほんの小さなことから始めればいいんじゃないでしょうか。
いつもの通学・通勤ルートで「なぜここを通るんだっけ?」と考えてみる。授業や会議で配られた資料に「これって本当に必要?」と心の中で疑問符を置いてみる。先輩や上司の「昔からこうやってる」に対して、「でも今はどうだろう?」と静かに問いかけてみる。
そんな日常の小さな「なぜ?」を大切にすることから、きっと道は変わり始めるはずです。
卒業式という特別な日だからこそ、そんな思いが伝わりやすいのかもしれません。
以下でも触れています。↓