年度末のこの時期、当社では卒業式の祝辞の作成依頼を多くいただく。PTA会長としてのスピーチ、来賓としての挨拶など、形式はさまざまだ。卒業生へのはなむけの言葉が中心となるが、多くの場合、保護者に向けたメッセージも盛り込まれる。
その中で定番となっている表現がある。「卒業後もまたどこかでお会いする機会がありましたら」「今後もご縁がありましたら」。温かく、余韻のある言葉である。当社としても、こうした一文をご提案することは少なくない。
しかし、原稿を作成しながら、ふと思うことがある。その機会は、本当に来るのだろうか?
保護者同士が再会する機会はあるのか
卒業生本人であれば、同窓会という仕組みがある。5年後、10年後に再会し、旧交を温める場が用意されている。しかし「保護者の同窓会」というものは、聞いたことがない。
PTA活動も、子どもの卒業と同時に終了する。役員会も、行事の手伝いも、すべてそこで区切りとなる。組織的なつながりは、その日をもって解散するのだ。
では、どんな場合に再会があり得るか。
- たまたま街で会う
- 子ども同士が友人関係を続けていて、その縁で顔を合わせる
- 地域の別の活動で偶然一緒になる
いずれも「偶然」や「別の縁」に頼ることになる。保護者一同で再び集まる機会というのは、現実にはほぼないと言っていい。
その言葉は無意味なのか
では、この「またお会いしましょう」という言葉は、無意味なのだろうか。そうではないと思う。
この言葉は、実現可能性を述べているのではない。「この3年間、ご一緒できてありがとうございました」という感謝の気持ちを、未来への希望という形で表現しているのだ。卒業式という晴れの場には、それにふさわしい言葉がある。祝辞とは、正確さよりも、気持ちを届けることに重きを置くもの。「またお会いしましょう」は、その意味で、様式美であり、礼儀であり、感謝の結晶なのだと思う。
言葉の奥にある想いを届ける
原稿を作成する立場として、私たちはこうした「届けたい気持ち」を言葉にするお手伝いをしている。額面通りの意味だけでなく、その奥にある想いまで届く一文を。そんなことを考えながら、今日もご依頼に向き合っている。






