「緊張しないようにしよう」
入学式や卒業式の前夜、そう自分に言い聞かせた経験はありませんか。深呼吸をして、肩の力を抜いて、大丈夫、大丈夫と。
でも当日、壇上に立つと心臓は早鐘を打つ。声は上ずる。原稿を持つ手が小刻みに震える。「緊張しないように」と念じたはずなのに、まったく効いていない。
そもそも、この「緊張しないようにしよう」という発想自体が、苦しみの原因かもしれません。
「緊張ゼロ」は、本当にいい状態か
少し想像してみてください。
卒業式の壇上に立つPTA会長が、まったく緊張していないとします。リラックスしきって、鼻歌でも歌いそうな余裕。声も安定している。手も震えない。
これは理想でしょうか。
実は、緊張がゼロの状態には別のリスクがあります。緩みすぎて言葉が雑になる。場を軽く見ているような印象を与える。「慣れてるな」と思われるならまだいい。「この人、ちゃんと考えてきたのかな」と受け取られることもあります。
卒業する子どもたち、見守る保護者、お世話になった先生方。その全員の前で話すという場を、軽く見ていいはずがない。だから、ある程度の緊張は自然なことです。むしろ緊張していなかったら、そっちの方が心配です。
緊張は「この場を大事にしている」証拠
緊張するのは、その場を大事にしているからです。
どうでもいい場なら、緊張しません。失敗しても構わない相手なら、何も感じません。でも、PTA会長として立つ場は違う。子どもたちの節目に関わる場です。保護者を代表して言葉を届ける場です。失敗したくないと思うのは、当たり前のことです。
緊張は、責任感の裏返しです。「うまく伝えたい」「ちゃんと届けたい」という気持ちがあるから、体が反応している。それを「悪いこと」として消そうとするから、苦しくなる。
緊張していること自体は、何も悪くありません。
問題は「緊張していること」ではない
ここで一度、問いを立て直してみます。
PTA会長の挨拶がうまくいかないとき、原因は本当に「緊張」でしょうか。
よく聞く「失敗」を挙げてみます。時間を大幅にオーバーした。話がまとまらなかった。何を言いたいのかわからなかった。原稿を読み上げるだけで棒読みになった。
これらは「緊張していたから」起きたことでしょうか。
時間をオーバーするのは、準備の段階で長さを見誤っていたから。話がまとまらないのは、構成が甘かったから。棒読みになるのは、原稿に頼りすぎたから。
緊張が原因に見えて、実は別の問題が隠れていることが多い。緊張を「悪者」にしてしまうと、本当の課題が見えなくなります。
PTA会長は「話のプロ」ではない
ひとつ、大前提を確認させてください。
PTA会長として壇上に立つ人の多くは、人前で話すプロではありません。アナウンサーでもなければ、講演家でもない。普段は会社員だったり、自営業だったり、専業で家庭を支えていたり。人前で話すことが仕事ではない人がほとんどです。
そういう人が、数百人の前でマイクを持って話す。緊張して当たり前です。
むしろ「緊張するな」という方が無理な注文です。年に一度か二度、大勢の前で話す機会があるかどうか。そんな頻度で「慣れる」はずがない。場数が足りないのだから、緊張するのは自然なことです。
自分を責める必要はありません。「緊張する自分はダメだ」と思う必要もありません。それは単に、慣れていないだけのことです。
緊張を「消す」から「共にいる」へ
ここで、発想を変えてみます。
緊張は消えません。消そうとしても消えない。だったら、消すことを目標にしない方がいい。
代わりに、「緊張したまま、どう話すか」を考える。緊張と共にいながら、最後まで話し切ることを目指す。
これは諦めではありません。むしろ現実的な戦略です。
緊張を敵として戦おうとすると、意識がそこに向きます。「震えてないか」「声が上ずっていないか」「顔が赤くなっていないか」。自分の状態ばかり気になって、肝心の「伝える」ことがおろそかになる。
緊張と戦うのをやめると、意識が自由になります。聞いている人たちに、何を届けたいか。そちらに意識を向ける余裕が生まれます。
この連載で伝えたいこと
この連載は3回で構成しています。
今回(第1回)は、緊張に対する見方を変えること。緊張は敵ではない。消すべきものでもない。そこから始めます。
次回(第2回)は、「あなたが思うほど、震えは見えていない」という話。自分では大変なことが起きているように感じても、聞き手にはそこまで見えていない。そのギャップについて。
最終回(第3回)は、「震えたまま、最後まで話し切る」ための具体的な話。原稿の使い方、頭が真っ白になったときの対処、終わった後の心の持ち方。
「緊張しない方法」は教えられません。そんな魔法はないからです。でも、「緊張したまま、ちゃんと届ける方法」なら、一緒に考えられます。
この回のまとめ
- 「緊張しないようにしよう」という発想自体が、苦しみの原因になっている
- 緊張は「この場を大事にしている」証拠。悪いことではない
- PTA会長は話のプロではない。緊張して当たり前
- 緊張を「消す」のではなく「共にいる」という発想へ






