
海外の偉人の志が、現代にも息づいていることの純粋な驚きと、ぬくもりある歓びに、心が震える瞬間があります。
四季、なんて言葉がありますけれど、
あ、いえ、普通に、一般常識的に、誰しも知っている言葉ではありますけれども、
ふと、「四季ってなんだっけ? 劇団?」なんて疑問を覚えてしまうくらいに、
近年じゃ春らしい春も秋らしい秋も味わうことなくスコン!と季節が変化してしまう。つい昨日までは肩をすぼめて寒さに震えていたのが、ある日を境にいきなりジトッと大量の湿気を含んだ暑い季節に移っているし、酷な暑さに頭がボ~っとなりながら滴る汗を拭ってはタオルを絞りまた拭っては絞り、、、しておる内にある日いきなり寒くなる。冬と夏、夏と冬の往復運行みたいな季節の移ろい方に、春と秋の愉しみが不足がちな今日この頃。
紅葉らしい紅葉も目にしないままに、街は、世間は、世界は。すっかりとクリスマスイルミネーションに埋め尽くされている、なんて経験は誰にでもあることかと思います。空気が冷たい季節のイルミネーション、綺麗ですもんねえ、17時くらいで既に薄暗くなるシーズンは光飾りを満喫するのに打ってつけで、ロマンチックな、そう! 恋人たちのシーズン! イルミネーションに煌めく某夢の国でのクリスマスウェディングなんて、究極の甘い甘ぁいロマンチックですよねぇ~~~♪ 俄然、冬のイルミは妄想力が強化されまっす!
、、、失礼。興奮しすぎでした。閑話休題。
ジョゼフ・スワンが発明したとされる白熱電球をトーマス・エジソンが発展させて電灯実用化させたことが脈々と継続されて、今日の光あふれる世界を形作ったわけですね、人工の光が夜の闇を追いやって久しい次第ですが、今では世界中どこの人々にとっても欠かすことのできない生活必需品である電灯というものの誕生がなければ、イルミネーションの甘美な夢なんて、本当に夢のまた夢、そもそも夢にさえ描かない、って出来事だったのでしょうね。
自分たちが当たり前のように感じている、というより、もはや当たり前を通り越して浸透しきっているあれやこれやについても、当然ながら「始まり」がある。そしてその「始まり」は、多くの場合、一人、ないしは少数のチームのアイディアや行動によってこの世に生み出された業績、だったりする。
例えば看護という職務。どんな人の人生にも無関係ではないこの貴い職業にだって、ナイチンゲールという「始まり」の偉人がいらっしゃるわけです。今も看護学校の戴帽式では、ナイチンゲールの功績をもとにアメリカの看護学校で作成され世界に広まった「ナイチンゲール誓詞」を唱え、その偉業に恥じることのない看護師になることを誓うのだそうです。ナイチンゲールから分けていただいた蝋燭の光、暗闇に灯される、小さいながらも心強いその厳粛な光の精神性って、どこかクリスマスのイルミネーションにも宿っている気がしますし、だからこそ冬のイルミネーションには人々の心を清らかにさせる力があるのかも知れませんね。
そんな清廉な気持ちで臨むイルミネーションウエディング、想像するだけでやっぱり、素敵な気分に満たされ心がうるうるいたします。
ハレルヤ!